大鵬(たいほう)って知ってる?優勝回数は?イケメンの大酒飲み?

今回は、“昭和の大横綱”“大鵬”についてです!

1960年代の高度経済成長時に活躍し、ライバルといわれた柏戸とともに “柏鵬 (はくほう) 時代”と呼ばれる大相撲の黄金期を築きましたよ。

 

 

プロフィール

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基本情報

名前:納谷 幸喜(なや こうき)

生年月日:1940年5月29日(享年72歳)

出身:北海道上川郡弟子屈町(かみかわぐん てしかがちょう)

身長:187cm

体重:153kg

選手情報

四股名:大鵬 幸喜(たいほう こうき)

幕内戦績:746勝144敗

優勝回数:32回

選手期間:1956年~1971年

 

大鵬の記録、功績

“柏鵬時代”を牽引し大相撲の人気に火をつけました。

戦後最強の横綱との呼び声も高い彼は、どのような成績を残したのでしょうか。

12年連続優勝

優勝回数32回、勝率8割3分8厘と圧倒的な強さで大記録を打ち立てました。

 

現在は第69代横綱『白鵬』の登場により、優勝回数、勝率ともに歴代2位となっていますが、彼はこの他に最も破られにくいと言われる記録を残しました。

 

それは、“入幕から引退までの12年間、毎年最低1回は優勝した”という記録です。

 

白鵬でさえ入幕から初優勝を手にするまでに2年かかっています。それに比べて大鵬は、幕入りした時から既にめちゃくちゃ強かったのです。

それが理由で異例の速さで出世していきます。次々と当時の最年少昇進記録を塗り替えながら、入幕の次の年にはもう横綱になっちゃいました!

 

ちなみに『白鵬』という四股名の由来は『大鵬』にあやかって付けられたそうですよ。

 

エピソード、名言

ここからは大鵬に関する面白いエピソードを紹介していきますよ。

「巨人、大鵬、卵焼き』

当時の子供の好きなものを並べた「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉が大流行しました。大鵬の人気はまさに社会現象だったのです。

 

しかし、本人は巨人が嫌いだったことから「巨人と一緒にされては困る」とその言葉を嫌っていたようです。

 

色白で美形だった事から、特に女性からの人気が高く大鵬がテレビに映るときは、女湯から人がいなくなる程でした。

 

大酒飲みだった!?

彼はとんでもない酒豪だったそうです。

1日でビールの一升瓶を20本(36リットル)飲んだり、4時間程で5升を飲み干して翌日の朝稽古に出たというエピソードもあります。

 

また、あの王貞治と親友の仲であり、夜通し飲み明かした事もあるそうですよ。

その時代を象徴する二人は何を語り合ったのか非常に興味深いですね。

 

しかし、この大酒飲みが原因で体を壊してしまいますよ。

そりゃあそれだけ飲んだら体も壊しますよね。

 

まとめ

彼の活躍は高度経済成長期の日本をスポーツという面から盛り上げ、日本人の精神的な支えとなりました。また、2013年には、「多くの国民に愛される国民的な英雄として社会に明るい夢と希望と勇気を与えた」として国民栄誉賞を授与されました。

 

記録と記憶に残る“昭和の大横綱”としてその功績はこれからも色褪せることなく語り継がれていくことでしょう。