青木功の伝説を5分で紹介!世界ランキングは?全米オープンの記録!

 

今回は“世界のアオキ”こと『青木功』について紹介しますよ。

日本のゴルフを世界へと導いた彼はどんな人物だったのでしょうか。

 

 

プロフィール

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基本情報

名前:青木功(あおきいさお)

生年月日:1942年8月31日(75歳)

出身地:千葉県我孫子市(ちばけんあびこし)

身長:180cm

体重:80kg

メジャー最高成績

マスターズ:16位

全米オープン:2位

全英オープン:7位

全米プロゴルフ選手権:4位

 

※メジャーとは、ゴルフにおいて最も権威のある4つのトーナメントのことであり、これらで優勝する事はゴルファーにとって最高の名誉なのです。

 

ライバルの尾崎将司、中嶋常幸とともに日本男子プロゴルフ界を代表する名選手で、彼らが活躍した時代は、それぞれの頭文字を合わせ「AON時代」と呼ばれました。

 

青木功が残した記録、功績

具体的にどんな記録や功績を残したのでしょう。

分かりやすく紹介していきますよ。

全米オープン2位

1980年、全米オープンに出場した青木功に期待するゴルファンはほぼいなかったのです。

なぜなら、当時の日本のゴルフ界は世界の猛者と渡り合えるようなレベルではありませんでした。

 

しかし、大会の日程が進むにつれ世界が青木功に注目することとなります。

なんと、海外で無名の日本人選手が優勝争いを繰り広げているではありませんか。

しかも、相手は史上最高のプレーヤー、“帝王”と呼ばれた『ジャック・ニクラウス』だったのです。

 

結果は惜しくも2位に終わってしまいましたが、世界の猛者と壮絶に戦った青木功のプレーは、世界中のゴルフファンに強烈な印象を与えました。

 

まさに、世界に認められた最初の日本人ゴルファーといえるでしょう。

 

世界4大ツアー制覇

世界4大ツアーとは、日本、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパの4カ国のことであり、なんと青木功はこの全てのツアーで優勝していますよ。

 

これは、日本人でただ一人の快挙であり、アメリカツアー優勝は日本人初の記録でした。

“世界のアオキ”らしい世界を股にかけた素晴らしい記録ですね。

彼が、日本から世界への道を切り開いたと言っても過言ではないでしょう。

 

面白いエピソード、名言

ここからは青木功に関する面白いエピソードや名言を紹介していきます。

ジャンボ尾崎との不仲説についても紹介していますよ。

驚異的な記憶力

1回まわったコースは覚えているし、過去のショットもすべて記憶しているのだそうです。電話番号も1回聞いたり掛けたりしたら頭に入っているのだそう。

 

すごいですね。王貞治やキングカズも記憶力が凄いという話がありますし、トップアスリートである条件の一つなのかもしれませんね。

 

青木功とジャンボ尾崎

1990年、ジャンボが優勝した大会にゲスト解説として出演していた青木功が「ジャンボ、おめでとう」と声をかけたところ「強いもんが勝つのは当たり前だ」とぶっきらぼうに返したのです。

青木は怒り「次の試合でどっちが強いか決めよう」と宣戦布告します。

 

結果は青木が1位、ジャンボが2位で決着がつきましたが、試合後のインタビューでジャンボが暴言を吐いたことで、二人の間に長い長い確執を生むこととなりました。

 

全てのプロに通じる名言

「結局、負けず嫌いなんですよ。だから練習するんです。」

 

プロのスポーツ選手というのは、一言で表すと“負けず嫌い”であると私は思います。

負けず嫌いが極まってその道のプロまで行き着いたのではないかと思うんです。

なので、非常に共感できる青木功の言葉がとても印象に残っています。

 

まとめ

プロゴルファーという職業が今ほどメジャーではなかった頃、もちろん世界で活躍する日本人などいませんでした。

そんな時代にゴルフ人気に火を付け、世界への道を示したのが青木功だったのです。

 

75歳となった今でもシニアツアーに参加する青木功にこれからも注目ですね。