“天才”野村忠宏ってどんな選手だったの?引退後の現在は?名言も!

 

日本柔道界が生んだ天才『野村忠宏』

まさに無敵の全盛期に彼がオリンピックで打ち立てた記録を知っていますか?

彼の偉業を分かりやすく紹介していきますよ。

 

 

プロフィール

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基本情報

名前:野村忠宏(のむらただひろ)

生年月日:1974年12月10日(43歳)

出身地:奈良県北葛城郡

身長:164cm

体重:62kg

所属:ミキハウス

選手情報

階級:60kg級

段位:7段

得意技:背負い投げ

 

祖父、父、叔父、兄も柔道家という柔道一家なんですよ。

 

野村忠宏の記録、成績

野村忠宏はいったいどんな記録や功績を残したのでしょうか。

彼の素晴らしい功績を紹介しますよ。

アジア人初のオリンピック3連覇

アトランタ五輪(1996)で金メダル、シドニー五輪(2000)でも金メダルを獲得し、柔道軽量級で初の2連覇を果たします。さらに、つづくアテネ五輪(2004)で金メダルを獲得しオリンピック3連覇を果たしました。五輪3連覇は柔道で史上初、全競技通してアジア人初という快挙でした。

 

五輪4連覇を期待されました野村忠宏でしたが、北京五輪(2008)の前年に右膝前十字靭帯を断裂する大怪我を負いオリンピック出場はなりませんでした。

 

無敵の誇った野村忠宏も怪我には勝てませんでした。怪我がなければ・・・と誰もが思いましたが、それ以降オリンピックへの切符を手にすることはできませんでした。

 

面白いエピソード、名言

ここからは野村忠宏に関する面白いエピソードや名言を紹介していきます。

新聞の一面を飾れなかった

なんとこれだけの偉業を達成していながら、野村忠宏は一度も新聞の一面を飾ることはありませんでした。

普通なら“野村忠宏3連覇!!”などの見出しで一面を飾ってもよさそうですが、ある理由があったそうですよ。

 

それは、3大会とも『谷亮子』選手と試合日が重なっていたからなのです。

常にマスコミの注目の的だった『谷亮子』とアトランタ五輪まで全くの無名だった『野村忠宏』では、マスコミは谷亮子の方を優先的に取り上げたのだそうです。

 

集中の天才

元々短期間の集中力に長けていた野村忠宏は、大学時代に指導者の助けもありその才能を開花させました。

 

柔道部の先輩でもある篠原信一は「他の人が1時間集中できるとしたら、野村は40分しかもたない。だが、その40分で全部を出し切ることができる」と言っています。

 

その集中力を武器に、大きな大会の本番に圧倒的な強さを発揮します。オリンピック3連覇もこの才能があっての快挙でしょう。

 

全てのスポーツに通じる名言

「意識を繰り返し繰り返しやっていくと、それは“反射”になる。」

 

意識を無意識に変えること。それがスポーツにおける“反射”ではないでしょうか。気の遠くなるような努力を積まなければ到達できない域でしょうね。

野村忠宏のようなトップアスリートになるための一つの条件かもしれませんね。

 

まとめ

2015年、40歳の野村忠宏は37年間の柔道人生に終止符を打ちました。

引退後は解説者やキャスターとして活躍していますよ。

大きな功績を柔道界に残した“レジェンド”がこれからどんな人生を歩んでいくのかとても楽しみですね。